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掲示板「図画工作・美術教育の大切さを考える」
この掲示板はブログ「図画工作・美術教育の大切さを訴える(考える)」の意見集約の補助的な役割を果たすものです。意見集約の成果は05年12月に文部科学省や中央教育審議会のメンバーのみなさんに送らせていただきました。ありがとうございます。ブログと掲示板は一定の役割を終えましたが、今後も図画工作・美術教育の存在理由を考え、これからの教育を充実させていくために役立てたいと考えました。よろしければご活用ください。なお、場合によってはブログに転載することもありますのでご了承ください。(07年3月14日)掲示板管理者 山崎正明
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なんで美術って必要なの? 投稿者:rex 投稿日:2010/06/30(Wed) 03:22 No.470  
美術教育に関心のある一般人です。
はっきり言いますが、なんで美術の授業って必要なの?と思います。
いろんな方法で研究が進められ、専門家の方たちは一般人の私たちが「わかるような・・・なんとなくわからないような」ことをたくさん唱えていらっしゃいます。
でも、やっぱり私たち一般人はわからないのです。
もし、「来年から中学校で数学の授業がなくなります」なんてことになったら、国民のほとんどが「え〜そんなことして、日本の将来は大丈夫?!」と肌感覚でわかると思います。
でも美術だったら?「あれ?まだ美術って必修でやっていたのね。なくなったら楽しみが少し減るけど、特に将来困るわけでもないし」と一般人の私は思うわけです。

一般人がこういう考えが圧倒的ならば、美術の先生方が難しいことを議論しあっていても、なんら変わらないように思います。
正直私たちは、「データー」というものではっきりとした数値を見せ付けられると納得します。世界学力調査なんかで、「数学が世界で○位だ」といわれると、ものすごくインパクトがあります。冷静に考えると「こんな数値はあまり当てにならない」と思う方も多いですが、マスコミはことあるごとにこういったデーターを引っ張り出してきて、国民は洗脳されていきます。

話を元に戻すと、やっぱり必要性が一般人にはわかりづらい、「学校が灰色」といわれても、学校外はものすごくカラフルだからいいんじゃないの?程度です。(このカラフルが美術教育の賜物とは思いません。)

専門家の先生方には一般人が「え!美術無くなったら駄目でしょ」というインパクトを与える何かと、中学生には「美術無くなったらつまんない!」と言われる何かを早急に見つけ出していただきたい。(昭和33年から危機として捉えられているのならばなおさら・・・・)


絵を描くより描ける喜びを 投稿者:向成(むかいなり)貢一 投稿日:2010/04/20(Tue) 16:17 No.469  
私は東京で印刷業を営んでいる58歳の男性です。
美術の時間が1時間と聞かされビックリいたしました。
『説明、準備、片付け』を1時間でしていたら、いつ描くのだ?先生方の悲鳴が聞こえるようでした。また、生徒達も美術はお遊びタイムと思っているので、ご指導の大変さは尚更かと思います。
そういえば私自身も小学校の頃マンガを模写して楽しみましたが、中学校頃から描くことが苦痛になっていました。
たくさんの先生方のご意見を元に、模写の基本、碁盤線のトレペーと画用紙を開発してみました。http://www.kitanet.ne.jp/~san/に紹介してあります。
50年ぶりでそれを使ってお城を描いてみました。
絵葉書サイズで約1時間かかりましたが、そこには描きあげた喜びがありました。気の小さい私が描いた絵は、おそるオソルの線で絵は私そのものでした。
子供の頃楽しかったのは、絵を描くのでなく描ける喜びだったように思います。
きっとそれで飽き足らなくなるとデフォルメや芸術性になるのでしょうね。
歌うことと同じように描く喜びを知る豊かな国を作っていただきたいです。



ブログへの投稿は11月末までにお願いします。 投稿者:山崎正明 投稿日:2005/11/20(Sun) 19:35 No.45  
掲示板への書き込みありがとうございます。大変参考になったり、考えさせられたしています。

さて、現在、美術教育の危機はいよいよ現実のものとなりつつあります。中央教育審議会教育課程部会では年内に「まとめ」を出すとアナウンスされました。
 これに対し、全国造形教育連盟が請願書を提出したり、北海道教育研究集会で決議文を採択したり、最新情報では先日他団体も請願書を提出したようです。さらに、日本美術教育学会が請願書を提出する予定です。

 そして、生の声を伝えるという事で「図画工作・美術教育の大切さを訴える」が、ブログにて意見を募集しています。

その締め切りを11月30日としました。

教師だけではなく、一般の方や親御さんからのご意見も募集しています。

 是非、ひとり一人の生の声を届けたいと思っています。また、このブログはこれまでの、そしてこれからの図工美術教育を考えるうえでの貴重な資料ともなると思っています。
http://zoukeidaij.exblog.jp/

なお、危機という根拠については以下をご覧いただくとよいと思います。

http://user.biken.dyndns.org/square/blog/archives/cat8/index.html


Kayさんは重要な指摘をしていると思う 投稿者:さかい 投稿日:2005/11/10(Thu) 11:22 No.28   HomePage
高校で美術を教えている酒井と申します。
下のスレッドでKayさんが指摘していることもっともなことだと思います。

>「必要」とか「情操教育」ではダメだと思います。

美術教育をはじめとする実技教科が重要だと感じている人には伝わるが、そうでない人にはまったく伝わらないことの方が多いと感じています。
美術教育を存続させるためには、そういう人たちにも伝わる方法で活動する必要があります。実利的な面を戦略的にアピールしていくことも重要です。その過程で「芸術」という観念にぶつかるならば、「芸術」を捨ててもいいと思います。


初めて投稿します。 投稿者:土橋 直美 投稿日:2005/11/10(Thu) 19:39 No.29  
北海道公立小学校に勤務しています。先日、稚内で行われた教育研究大会で美術分科会に参加させて頂きました。
「図工美術で何を教えるのか〜表現を通して、鑑賞を通しての人間教育〜」「題材は教師の教育観そのもの・・・であるならば、どういった視点・思いで題材設定すべきなのか」「共感すること・向き合うことの大切さ」などなど、熱く語られた2日間でした。不慣れな司会のため、頭はフル回転、あっぷあっぷ状態でしたが、討議の内容を聞き、共同研究者の方々のお話を聞いて、改めて図工美術教育の大切さを感じました。酒井式のビデオを見ての感想交流・討議もおもしろい試みだったと思います。絵を描くことの本質を考えさせられました。鑑賞教育についてのたくさんの提案・討議も、今後私なりの実践を考えるヒントになりました。
 研究会から帰ってきてから、次の図工の題材を考えるのがまた楽しくなりました。子どもたちはどんな反応するかなぁっていろいろ思いを巡らせています。「図工美術があっても無くてもどうでもいいんじゃない?」と言われないようにがんばらなくてはと、心新たに思っています。


土橋さんの笑顔が最高 山崎正明 - 2005/11/17(Thu) 21:18 No.38  

今日の「絵を語る会」で、土橋さんがニコニコして子どもの姿を語る様子、もう本当に素敵でした。あんな姿を国民のみなさんが見てくださったなら、図工の素晴らしさがもっともっと理解されていくでしょうね。おおげさではなく。
そんな素晴らしさを私たち教師や学校や一部の親だけしか知らないというのはもったいないですね。近いうちに記事にしますね。
http://yumemasa.exblog.jp/


はじめまして 投稿者:マリヤンカ 投稿日:2005/11/17(Thu) 10:27 No.31   HomePage
小田隆さんのブログから来ました。
日頃思っていることを書かせてもらいます。
先日、高校生の娘の進路説明会へ行ってきたのですが、そこで先生の言われていることというのは、「今や、大学というのは、将来、どんな企業(公務員なども含む)に就職したいかで選ぶものであって、どんな勉強をしたいか、で選ぶところではない。産学協同はお母さん方が思っているよりうんと進んでいる。いわば大学は企業のための研究所、人材派遣所だから…」と言葉はそこまで露骨ではなかったけど、いわばそんな意味のことをいわれました。中学は、さらにその高校ための予備校化していってるわけですから、受験に役にたたない中学の芸術教育が悲惨なことになるのは当たり前なのではないでしょうか。
小学校でも美術の時間が少なくなり、キットなどを使って、切ったり貼ったりして考えなくても直ぐ出来ることをやる。子供たちも親もこんなものなら何も学校の授業でやらなくても…と思ってしまう、というような悪循環に陥っていると思います。
美術軽視の教育の根は深そうです。
私は絵画はしっかりものを見つめる眼を養うもっとも大事な教科だとおもっています。造形は手を使って物を作る楽しさを知り、自分で考えて工夫することを学ぶという、やはりとても大切なことだと思います。
一方学校教育の場で、美術が遊びになったり癒しの場になってしまうのは困るな、と感じています。
私たちが古代の人々のこと(歴史)を知ろうと思うときには、まず昔の人の残した壁画や建築物や彫刻や織物や焼き物を見るところから始まります。もし500年〜1000年後に未来があるとして、その時代の人々はいったい何を見て私たちの時代ことを考えるのでしょう。やはり、手で描き、手で造ったものなのではないかと思います。
そういう意味において、現代の日本はとても貧しいことになっているのではないでしょうか。やがて美術や音楽の重要性が見直されるときが来るとは思いますが…
金に結びつかないものを切り捨てる風潮がますますひどくなって、人間の五感は鈍り、生命力は衰え、やがて絶滅…なんてことにならないよう祈るような思いです。
この掲示板で、美術教育に真剣に取り組んでおられる方々のことを知って、嬉しくなったので、投稿します。
私には何も出来ませんが、応援しています。
頑張ってください。







Re: はじめまして corvo - 2005/11/17(Thu) 12:21 No.32   HomePage

マリヤンカさん。私のブログから来ていただきありがとうございます。
進路指導の内容の記述に眼を疑いました。ここまで教育現場はひどいことになっているのですね。
当然、大学には企業のための研究所としての役割があると思います。特に科学分野での連携は重要でしょう。しかし、企業と大学が主と従の関係にあるわけではなく、あくまでも相互に補完しあう対等な関係にあるべきです。企業には企業にしか出来ないことがあり、大学には硬直化した組織では生み出せないアイデアや、人材を育成する場があるのだと思います。もちろん、課題は多いでしょうし、大学のシステムはたくさんの問題を抱えていると思います。
ただし、はっきりいえることは、大学は企業の下請けでも人材派遣の場所ではないということです。ましてや中学、高校は大学にはいるための予備校ではありません。
世の中の全ての仕事が会社員と公務員で出来ているわけではありません。そんな自明のことが、教育現場では認識されていないのでしょうか。
もし、仮に芸術が必要ないというのなら、ファッションに気を使うこともなく、お洒落な店で美味しい食事をすることもなく、身の回りにデザインの良い物を置くこともなく、音楽も聞かない、絵も写真も見ない、小説も読まない、そんな生活を実践してから言ってほしいものです。
芸術は「金」を生み出します。人類の財産という多大な価値を持っています。芸術が必要でないという人たちは、その大きな財産をみすみす取り逃がしてしまうことになるのです。


Re: はじめまして ken - 2005/11/17(Thu) 17:53 No.33   HomePage

 はじめまして。corvoさんの出身高校美術部の後輩のkenと申します。
 私は高校卒業後、大学の工学部から大学院と進み、メーカーの技術者として工場や研究所で勤務してきました。進路指導という観点から見れば「技術畑へまっしぐら」というわかりやすい経歴です。現在は技術者を辞め、技術を分かりやすく解説することを目標としたライター、イラストレーターをしています。
 技術者になったからと言って、高校までに学んだ美術などの科目がまったく役に立たなかったというと、決してそうではありません。先人の知恵を学びながら何かを創り上げるという点では、芸術と科学は多くの共通点があると思います。実際、製品開発で追われているときの気分は、私にとっては夢中で絵を描いているときと似ているように感じました。
 ある学会のパーティーで、外国の技術者にこんなことを言われたことがあります。「日本の技術者は専門分野の話をよくするけれど、パーティーの席でもそればかりで、文化や芸術の話ができないからつまんないよ。」
 現在、自分の専門以外の話ができない視野の狭い技術者が増えています。企業は技術者の士気向上と人件費削減のため成果主義を導入しましたが、思惑通りにはいかず、技術開発の勢いも衰えています。役に立たないとの理由で文化や芸術を軽視し、効率だけ求めた結果がこの状況だと思います。
 様々な意味でお疲れ気味の日本を元気にする上で、美術教育は大切だと思います。


マリヤンカさんへ 山崎正明 - 2005/11/17(Thu) 20:19 No.34   HomePage

掲示板スタッフの山崎です。コメントありがとうございます。500-1000年というスパンで私は考えたことがなかったので、正直はっとしました。指導要領が改訂されると、10年はほぼ、そのままでいきます。10年間美術や音楽が軽視された中で進んでいくことの恐ろしさを感じずにはいられません、具体的には、どうなるか、それは
http://zoukeidaij.exblog.jp/2452124/
にもと筑波大学教授の宮脇理氏が書かれています。
学校が灰色になる、社会が灰色になる。
やがて文部科学省がどう言おうと、子どもの学力とは受験学力と同義語になるでしょう。マスコミを中心とした世論が低学力論を大合唱したことにもそのひとつの原因です。マリアンヌさんのように庭にある自然を愛でる感覚(HP見ました。素敵ですね)など、価値がないとでもいうのでしょうか。そんなことをする時間があったら、受験勉強ですか。今度の中央教育審議会で出された答申には「人間力」とあります。国語・数学・理科を充実させ、小学校で英語。しかし、決められた時間数の中、何かが削られることになります。
マリヤンカさんがこうして書き込んでいただいたことは大変励みになります。
また、何も出来ないなんてとんでもありません!こうやって意思表示をすことが大きな力になると信じています。このブログや掲示板のことをよろしければ、広めてください。とにかく、本当にありがとうございます。


KENさんへ 山崎正明 - 2005/11/17(Thu) 20:36 No.35   HomePage

書き込みに感謝します。外国の方との会話などにあると聞かせていただいた事はありますが、KENさんも実際に耳にされたのですね。自国で芸術を軽視するような教育をしているようであれば、これはますます拍車がかかりそうですね。成果主義、本当にそうですね、目先のことばかり。答申では「国家戦略としての教育」と書かれています。
美術や音楽はただでさえ、極限まで減らされています。これ以上減らしてどうしようというのか、いまだ美術は趣味や才能の教科などと思われている部分があります。WATER ILLUSIONS(ないげない光景の中にはっとさせれれるものがありますね!美しい)を見ていてなぜか、私がブログで書いたっ記事を思い出しました。
http://yumemasa.exblog.jp/3777478/


CORVOさんへ 山崎正明 - 2005/11/17(Thu) 20:42 No.36   HomePage

COROVOさんへ、このようにCORVOさんのブログからたくさんの方が来られて本当にうれしく思います。私たち教師がいくら中央教育審議会や文部科学省に伝えても、所詮教師の声と思われる面もあるようです。このように教育関係者以外の方の声がとても、ありがたいです。
またこのような内容を読ませていただく事で、私たち教師にとっても非常に有益な話です。やはり外から見た「美術教育」を知ることは、たいへん貴重なものでもあります。これからも、どうぞよろしくお願いします。


Re:はじめまして 田中清代 - 2005/11/19(Sat) 19:27 No.40  

マリヤンカさんの投稿、興味深く読ませていただきました。
「産業」の定義が狭すぎるその説明会には、寂しいものを感じます。また、「何を学びたいかを選択する」ということについて、軽視が見られることも気になりますね。
 時代を超えてのコミュニケーションについてのお話、全くその通りだと思います。古いものを見ることで、過去の文化のことを考えるきっかけになりますね。美しさだけではなく、昔の社会情勢や人々のことまで思いが及ぶはずです。「残るもの」を作ることで、未来の世代の財産になっていくということ、ものを作る人間にとって本当に喜びであると思います。
 話がそれますが、「受験」という言葉から連想されたので私の体験のことを。私が通っていた高校はもともとは(もしくは建前は、と言った方が正解なのかも知れません)、個性を伸ばすことをコンセプトにした総合高校で、選択授業制だったのです。しかしその点を利用して学校の評判をあげようと誰かが考えたらしく、「受験に関係ないことは勉強しなくてよい」という雰囲気があり、実質は受験校でした。私は美術系だったのですが、1年生の説明会で、「美大に行きたいと思われる方には、強制的に美術部に入ってもらいます」と言われ、まさに美術予備校のような雰囲気でした。ここで美術史でも教えてくれていればまだ良かったのですが、受験に必要な実技のみに絞った指導で、実技について来られない生徒が続出し、挫折感を味わい、美術に見切りを付けてしまう生徒が多かったようです。


田中さんへ 山崎正明 - 2005/11/19(Sat) 23:19 No.41  

ご投稿ありがとうございました。ひたすら感謝です。
田中さんのコメントを読ませていたただいて、実技についてこられない生徒というんも衝撃でした。
今、学ぶことは単なる「道具」になり果てている風潮が強いですね。
マリヤンカさんが高校説明会で聞いた話も田中さんが実際に体験されたお話も、象徴的なお話ですね。


高麗石 投稿者:高麗石 投稿日:2006/10/28(Sat) 20:56 No.133   HomePage
数年前、学校5日制に成る時、先に削られたのは美術、音楽の時間だったと思います。
永大鉱業は高麗石、百済石の製造元です。
滑石原石と鋸で別注サイズも出来ます。
勾玉石も作ってます。
良い品質で安価な材料も美術教育を大切にする事だと思います。
売り込み見たいになりましだが、美術の先生が永大鉱業を知りましたらいいな〜と思いました。製造元 工場ですので、何とかと便利で、間に合います。
どうぞ、ご参考してください。


Re: 高麗石 山崎正明 - 2006/10/29(Sun) 02:45 No.134   HomePage

こういう情報はありがたいです。お願いなのですが、できれば御社のホームページに、石を掘っている場所や掘っている様子が公開されると、ありがたいなと思います。それぞれの石が自然からの恵みだと実感出来るからです。そういうことも授業で触れる事ができれば、子どもの意識を違ってくると思うのです。
また製品の写真や標準的な価格が示されていたら、さらにありがたいです。よろければご検討ください。


Re: 高麗石 hakusuke - 2006/11/04(Sat) 17:27 No.139  

高麗石様
上の内容に重複しますが,ご容赦ください。中・高生は,非常に石や木を削って制作する活動を大変好む生徒が多いです。私の授業でも,高麗石を用いて抽象彫刻?勾玉石を用いて勾玉づくりに取り組ませてきました。表現活動で,時間をかけて,丁寧に制作を進めることは,自分の作品・ものに愛着をもつことが養われるかと感じております。
可能であれば,石の写真と標準価格が画像で公開されているならば,さらに教材研究をする上でも,検討しやすいです。よろしければ,ご検討いただきたいです。


Re: 高麗石 高麗石 - 2006/11/19(Sun) 12:19 No.145   HomePage

http://magatama.at.webry.info/   
永大鉱業の 滑石、勾玉、高麗石 写真があります。
価額は 永大鉱業 ホムページの お問い合わせに 問い合わせてください。良い製品で、安価です。
滑石原石を鋸で切ってる製造工場ですので、彫刻に使える滑石の切りっ端等がおまけで付いていきます。
この間、ある大学校の先生はおまけの石を標本(?)に使うと
和紙に手紙を書いてくれました。
美術、芸術は心の糧ですね。


興味深いブログですね hakusuke - 2006/12/11(Mon) 23:05 No.150  

篆刻を教材として,扱うのに興味が持てたブログです。
さすが専門販売されているないようだなぁ・・・と,石の面白さにきづかされました。ご紹介いただき勉強になりました。


Re: 高麗石 滑石 高麗石 - 2008/11/17(Mon) 20:44 No.293   HomePage

滑石鉱山に行ってきました。
ブログ http://magatama.at.webry.info/
滑石、勾玉、高麗石 の 滑石鉱山に 滑石採石場と分別場を載せました。
滑石産地はどこですかと、質問されました時、ここですと見せてください。
どうぞよろしく。


広い視野に立って 投稿者:岩田智弘 投稿日:2005/11/07(Mon) 00:58 No.15  
全道の研究集会において、少なくとも参加された方々には、今の図工美術の本当に危機的な状況について感じていただけたのではないでしょうか。
教員同士はもとより、何よりも教員以外の方々への発信が今は本当に必要なのだということです。図工美術教科の必要性がいったい何なのか?人間形成に関わるとは具体的にどんなことなのか?もっともっと砕いて言えば、「図工美術=絵・作業」だけではないということ、その内側に秘められた深い部分がどれだけ大切かということ。そういったことを「学力」という思念に縛られ、見えなくなってしまっているということに気がついてもらうことが「早急」に必要なのです。
その成果がすぐに表出することが難しい教科である図工美術の必要性を、このような状況であるとはいえ早急に対応しなければならないもどかしさがありますが、今まで悠長にかまえてきてしまった我々図工美術教師の責任でもあると改めて受け止め、今、動き出さなくてはならないと思います。
図工美術がなくなってしまったら… それこそバーチャルではなく、よりリアルに想定してみてほしいと思うのです。


Re: 広い視野に立って 山崎正明 - 2005/11/07(Mon) 07:26 No.17   HomePage

「図工美術=絵・作業」だけではないということ、その内側に秘められた深い部分がどれだけ大切か。そういったことを「学力」という思念に縛られ、見えなくなってしまっているということに気がついてもらうことが「早急」に必要なのです。」本当にそうですね。そとから見える美術教育のイメージ。美術教育の成果は全国一斉テストではかれるものではありませんしね。そう教科が消えたおそろしさについては、もと筑波大学教授宮脇理先生が以下のように書かれています。
http://user.biken.dyndns.org/square/blog/archives/2005/10/if.html


Re: 広い視野に立って 猪熊芳則 - 2008/08/06(Wed) 18:49 No.281  

確かにその通りだろう。
俺の小学校なんか不器用な俺ばかり怒るから、図工なんて面白くなかった。
図工を学力とするより、「モノを作る楽しさ」を学ばさせた方が良い。
俺なんか不器用を克服したから、今ではプラモデルとかも好きになった。
教師たる者そういうことを教えるべきだろう。


ハッピーイースター卵あそびコンテスト作品募集 投稿者:イセ文化基金 投稿日:2006/12/01(Fri) 16:02 No.147   HomePage
はじめまして。突然の書き込みお許しください。

イースターエッグにまつわるコンテストを主催しておりますイセ文化基金と申します。
美術教育の関係者の方、ご父兄の方にご興味いただければ思い、書き込みさせていただいております。

この催しは、卵を使った作品制作を通して、親子のふれあいや卵の殻の再利用によるリサイクル向上、創造性の発達を促し、
子供から大人までの世代を超えた情操教育とふれあい、芸術やアートへの興味・関心を喚起し造詣を深くすることを支援、文化向上と社会貢献を目的としております。

詳細は、参照先HPをご覧くださいませ。
皆様のご参加をお待ちしております。
よろしくお願いいたします。


図工と未来問題解決プログラム 高橋りう司 - 2006/12/10(Sun) 23:56 No.149   HomePage

イセさんは卵のお仕事で、図工と創造性への関心をおっしゃっています。
僕たちの『創造力メルマガ』で1昨日の出題は、小鳥に関するものでした。大分、関係があるなとw

僕たちは、子どもの創造力トレーニングとして、図工、絵を描いてもらうことを良くしています。

参考までに出題を下記に貼り付けます。

【1208の出題】
窓辺に、かわいい鳥が飛んできて、とまりました。
あなた・人間が室内を見ているのとは違う見え方をしているかなと思うのですが、さて、どういうふうに見えているのかを絵に描いてください」

ただ、目の低さだけを意識した室内絵を描けばよいのでしょうか?




2月9日しめきり 投稿者:山崎正明 投稿日:2007/02/05(Mon) 21:23 No.175  
http://ganbarezukou.net/index.html

図画工作を大事にしていくための署名が2月9日、〆切となります。
できる限りのことをしていきませんか。


俺は賞を取った事があるのだ。 投稿者:猪熊芳則 投稿日:2007/10/16(Tue) 18:55 No.248  
 俺は図工、技術が2だったため、惚れ惚れするくらい芸術に才能はないのだが、賞は取ったことがある。それは、ある物語の絵と言うかイラストと言うかの作品だった。下手の横好きというかドラクエのモンスターのパクリを使うとそれが何と入選されたのだ。
 なるほど、たとえ才能がなくとも楽しんでいる感覚で絵を描くとそれは、周囲や「美術の先生」にも伝わるものらしい。俺は職人気質なとこがあるから、知識や技能を学ぶのが好きだ。「筆の使い方」なんて言葉を聞くとコドモのようにはしゃいでしまうんだ。
 ただ、それはヘタクソはヘタクソの理論で、なぜ進歩がないかと言うと、ある程度の場所に行くと上達がなく、おまけにすばらしくヘタクソな作品に気を悪くしてやめてしまうのである。はぁ〜。


図工、技術は2だった。 投稿者:猪熊芳則 投稿日:2007/09/26(Wed) 23:55 No.246  
 俺は図工、技術が苦手だった。不器用な俺は人より遅い上、ヘタクソだったからだ。クソ教師にみんなの前で立たされ怒鳴られるのは、今考えても腹が立つ。いつも提出期限が遅れるならば、そうさせないようにするのが、教師の配慮であろう。自分の器量不足を生徒のせいにするこのクソ教師は今やればマスコミの絶好の餌食になるであろう。

間違いない!

 だから、工作が嫌いだ、というわけでもない。俺の古い友人で、プラモデルを嬉しそうに俺に見せにきた。
「暇だなお前。そんなことする暇があったらバッティングセンターで汗流してこい」
「暇だからするんだよ。これで1ヶ月は、楽しめるぞ!」
 確かにそうだ。暇というのは心のことで、何か充実感が欲しいからなんだ。その事を聴いたからかどうだが覚えてないが、俺も工作をするようになった。俺は克服をゲームみたいに楽しむ傾向があるので、金もかからないし、という事で小学校のときにやったような工作をする。
 小学校の時、なぜこんなことが難しく思えたのかと思うくらい大人になると簡単だ。で、出来栄えはというと、一応部屋に飾るが、ダチに
「何だあのヘンテコなモノは?」
と言われるほどの腕前である。世の中結果が全てではないと、スネてビールを呑む俺なのである。


「図画工作・美術なんでも展覧会」のご案内 投稿者:山崎正明 投稿日:2007/03/14(Wed) 01:30 No.199  
07年3月14日よりうらわ美術館で「図画工作・美術なんでも展覧会」が開催されます。せっかくの展覧会ですので、この掲示板の利用を考えました。http://yumemasa.exblog.jp/6445173/

《展覧会の主旨》

 今日、学校教育における図画工作科及び美術科の位置付けは必ずしも高いとは言えません。
 学力低下の危機感の中で、学力を数値化しにくい図工・美術は蚊帳の外といった観もあります。私たちは図工・美術で培う学力をわかりやすく国民に十分説明してきたでしょうか。

図工・美術は明治以降今日まで、その時代時代に合った重要な役割を果たし、日本の発展と、子ども達の人格の完成に寄与してきました。
 図画工作・美術に求められる学びの内容も、今の子どもたちの親世代と比べて変化し、時代とともに変容し進化しています。

本展覧会では今日までの図画工作科、美術科が歩んできた道のり踏まえ、現在の図画工作科・美術科の魅力を伝え、今の子ども達にとってなくてはならない教科であるということをを広く社会にアピール する機会としたいと思います。

 また、これからの図画工作美術の行く先を予感する取り組みや、図工・美術を支える組織などの展示を通し図工・美術を様々な角度から紹介する展覧会にします。

文教大学  三澤 一実
図画工作科・美術科 なんでも展覧会 実行委員会

展覧会は4つの章で構成されています

第1章 たくましく生きる〜図画工作科・美術科の変遷

明治期から今日まての図工美術の変遷を当時の教科書や、美術教育に関する
本、記録映画などから見せていく。
・教科書、資料 (明治時代の教科書も展示!)
・ヒテオ「 絵を描く子どもたち1956」「 くらしを描く1966」
・学習指導要領の変遷


第2章 創造する子どもたち〜教室の今

今、学校現場で行われている図画工作・美術の学習を児童生徒の作品と、教師の題材開発から見せていく。
・子どもの作品 + 教師のまなざし(解説)
・題材紹介(パネル)+ 実践作品
・教材紹介(パネル + 実物)


第3章 教室をとびだして〜交流する美術

教室を飛び出し自由になった造形活動は、ワークショップやアー トプロジェクトという形で盛んに行われるようになってきた。
・美術館から子ども達へ
・ワークショップ研究会より(パネル+制作物)
・美術と福祉(パネル)
・その他 NPO の活動など


第4章 子どもたちへのまなざし〜つながる美術教育

図工美術は様々な組織や団体に支えられている。これからはこれらの組織が有機的につながり、ネットワークの中でより創造的な図工・美術を生み出してく必要がある。
・埼玉件美術教育連盟
・全造連
・インセア
・研究所その他の団体・組織・NPO


はっきりいって不必要! 投稿者:死狼 投稿日:2006/09/25(Mon) 01:58 No.91  
私は、学生時代、美術の時間が最高に苦痛でした。
絵というものを描く事が全く出来ないからである。
特に美大出身の教師は「変なエリート意識」に凝り固まり、私の様な者を「バカ扱い」します。
当然、こんな事が続いたので授業はサボっていました(美術以外は、まあ良い方だったので進学はできました)。


美術の授業など必要ありません。はっきりいって。
「絵を描ける」という歪んだ「優越感」に浸ってるバカがツケ上がるだけですから。

私は子供に絵を描かせません。自分と同じ苦しみを味あわせたくないし、第一、社会人になってから必要な知識ではありませんし。

私は美術教育に対して「激しい憎しみ」しかありません。

色々な書物を読みましたが、殆んどが「絵を描けない奴は劣等人種」と言いたげな論調が見受けられます。


そんな「差別意識と歪んだ優越感」に満ち溢れた美術教育が子供にとって必要なのですか?
むしろ「美術はNO!」という「権利(他の科目との選択)」を与える方がベストだと思いますが。


この文章は「荒らし」ではありません。「美術教育の犠牲者」の意見を聞いてもらいたかった故に書きました。


以上のことについてどう思われますか?
お答えください。


Re: はっきりいって不必要! corvo - 2006/09/25(Mon) 19:40 No.92   HomePage

死狼さん、初めましてcorvoこと小田隆ともうします。
私は業として絵を描いており生計をたてています。また、高校の非常勤講師として美術を教えているものです。
私は地方の進学高校を卒業しました。その高校では数学の授業に力をいれていましたが、数学ができない人間は認められないという風潮がありました。
お恥ずかしい話、私は数学のできが悪かったのと、そういった風潮から数学に興味を持つ事ができず、また努力もしませんでした(中学の数学の成績は人並み以上でしたが)。確かに高校生の時、数学に対して憎しみを持ったこともありましたが、現在は自分の努力が足らなかったことを後悔しています。

数学が社会にでてから必要な知識かというと、必要である人もいるし、必要でない人もいるでしょう。でも、「数学」は人間社会にとって重要であり必要なものであると思います。
美術を始めとする芸術もそうではないでしょうか。ある個人にとって知識や技術として必要でなくても、人間社会にとって不可欠なものであると思います。
この世界から、まったく芸術がなくなった状況を想像してもらえればわかると思います。

死狼さんが、個人的に「激しい憎しみ」を持っている事は否定しません。
しかし、それをご自分の子供さんにまで強要するのはどうしてでしょうか。子供さんは絵を描く事をいやがったのでしょうか?自発的に描きたいと思った事はないのでしょうか?

「差別意識と歪んだ優越感」の存在は美術だけの問題ではなく、ほかの分野にもあることではないでしょうか。

私自身は美術によって救われた人間です。
私は個人的に美術を理解できない、美術の知識がない人が増えると非常にこまてしまいます。仕事がやりにくくて、しょうがなくなります。
ご意見、お待ちしております。


勉強はやればできる、でも美術は・・ 死狼 - 2006/09/25(Mon) 23:19 No.93  

勉強は物理だろうが外国語だろうが「結果」というものがありますから、やればだれでもできます。
しかし、絵を描くという行為は人間の本能にかかわることであり、「努力」をしても「できないものはできない」のです。それをあなたはわかっていないみたいですね。
本人にとって「空気」の様な存在であっても、人によってはそうならないということです。

子供に対しては「絵など描く必要など無い」と物心ついた頃より啓蒙しています、かつて自分がそうであった様に「音楽・美術・体育は1でもかまわない。でも、それ以外の科目は1は許さない。」という方針で教育しています。子供も納得しています。


>「差別意識と歪んだ優越感」の存在は美術だけの問題ではなく、ほかの分野にもあることではないでしょうか。

特に美術の分野はひどすぎます。「天狗」になった奴ばかりです。

正直、タリバン時代のアフガニスタンの様に学校から美術の授業が消えてくれる事を願っています。


Re: はっきりいって不必要! 山崎正明 - 2006/09/26(Tue) 00:28 No.96  

しろう様(投稿者名が漢字で書かれていますが、申し訳ありません。抵抗感を感じますので、ひらがなで書かせていただきます。)の言われることはわかりました。
つまり「美術教育の犠牲者」の意見を聞いてもらいたかった故に書きました。」ということについてです。
 そのような事例もあります。残念ながら。美術教育の研究会の中でも話題になることがあります。そんな指導法では美術嫌いをつくってしまうとか。
 今後書かせていただいたものも参考にさせていただきます。このようなとらえ方や感じ方がありますということで話題にできると思います。
 
 なお、この掲示板は2ちゃんねるのようにしたくはありませんので、「「天狗」になった奴ばかりです。」と思うに至ったのでしょうが、「奴」という言い方は控えていただきたいと思います。
また「タリバン時代のアフガニスタンの様に」という表現もこの掲示板の管理者として望んでいることではありません。

なお、気持ちについては受けとめさせていただきます。そう思わせる原因があったのでしょうから。


Re: はっきりいって不必要! corvo - 2006/09/26(Tue) 03:11 No.97   HomePage

死狼さん、お返事ありがとうございます。
私は努力をすれば、誰でも絵が描けるようになるとは思っていません。身体を使った表現行為であるため、フィジカルな部分のコントロールも必要ですし、思い通りに線が引けるようになるには大変な訓練が必要です。
「努力」をしても「できないものはできない」です。だからといって、最初から「努力」を放棄することは得策ではないと思います。
私は歌が上手くないし、楽器をひくこともできません。子供のとき嫌々習っていたピアノは、7年ほども続けたのに今では1曲もひくことができません。それでも音楽は好きですし、日々楽しんでいます。
私にとって美術や芸術は「空気」のような存在ではありません。不可欠であるという点では「空気」と言えるかもしれませんが、常に意識して対峙している世界です。
絵を描く行為が「人間の本能にかかわる」ということですが、分かりやすく説明していただけないでしょうか。もし「本能にかかわる」行為であるならば、死狼さんが美術の存在を否定することは矛盾しているように感じます。

ご家庭の教育方針に関しては、私は否定も肯定もしません。ご自身の責任で信じる道を全うされればよいと思います。

一つお願いがあります。死狼さんはどういった方なのか、ネットで公開出来る範囲で教えていただけないでしょうか。どういった職業についていて、もし大学を卒業されているなら何を専攻されていたのか。もし、差し支えなければ美術教師から、どんな酷い行為を受けたのか具体的に書いていただけないでしょうか。
私のプロフィールは、私のサイトで見ることができます。お互い、どういったバックグラウンドを持っているのか分かったほうが、より突っ込んだ議論が可能ではないかと思います。
善処していただければ幸いです。


歴史学徒として一言申す! 梅痴鴉 - 2006/09/26(Tue) 07:09 No.98   HomePage

はじめまして。
国史を学んでいる学徒の一人です。死狼氏の知人としてこの議論の反論をさせていただきます。
>美術の授業など必要ありません。
そうは考えない。私は最近、社会学と哲学を学んで美術は絶対に必要と考えるに至っています。逆に、美学軽視が現在の刹那主義を生み出している風潮を生み出しているのではないかなと考えます。
>殆んどが「絵を描けない奴は劣等人種」と言いたげな論調が見受けられます。
歴史学者にも、イデオロギーに偏り「トンデモ」な発言を行う輩がいます。それをもって全てを否定するのもおかしな話。

観念論で語られても、問題を収拾できないと考えますので、死狼氏には当掲示板で議論を願うといたし、今後はこちらでの議論は不毛と考えます。

また、こちらのご常連諸氏にも美術不要論を展開するのであれば、この板の趣旨と違うと考えますのでこちらで議論を願うものとします。


Re: はっきりいって不必要! 梅痴鴉 - 2006/09/26(Tue) 07:12 No.99   HomePage

当掲示板に誘導する際に、こちらの記事の転載許可を願います。


Re: はっきりいって不必要! マリヤンカ - 2006/09/26(Tue) 14:42 No.100   HomePage

私は中学高校と英語の教師の当たりが悪く散々な思いをして、何で英語が必要なの?ちゃんと日本語を読んで書いて、喋ることのほうがずっと大切、外国語がやりたければ外国へ行けば?なんて思っていました。ところが、高校生の私の娘はクラシックやロックが好きで、教科の中で英語が一番スキだと言います。今思い返せば、当時心の奥底に英語が出来たらいいなという気持ちもあったかもしれません。でもとにかく「英語」と聞いただけでアレルギーが起きそうでした。好きな絵を描いたりピアノを弾いている時は、たった一人で大海原を航海しているような、あるいは山の中を一人で旅しているような、孤独だけど幸せな気持ちに満たされたものです。
 教師との不運なめぐり合わせの後遺症は深いものですね。
でも苦しい時も何か好きなものを持っていると切り抜けられます。
子供が何が好きか、自分の子供であっても親が決めることは出来ません。ですから、ゆったりとした気持ちで見守ってやりたいと思います。
たしかに美術に1とか5とかの評価を付けることには疑問もありますが親までがそれに左右されて一喜一憂しないことが大切じゃないかなと思います。そしてそれは美術だけのことでは無いと思います。


Re: はっきりいって不必要! やまだ - 2006/09/27(Wed) 02:30 No.102  

教育って何でしょうね。
私は絵が好きで美しい事が好きで、小中学校では美術といえばと言われる存在でした。
でも、中学の時の美術の先生には苦々しい思い出しかありません。
美術の課題評価が常に良く、勝手に出されたコンクールでは賞を貰っていました。そして彼女は私が教えたのよ扱い。
私はすごく傲慢かもしれませんが彼女に何か教えをこうた覚えがないのです。
(もちろんクラス全員で習う技術や課題のやり方 コンクールに出してもらった事はとても感謝しなければいけないのかもしれませんが...)

果たして彼女は私にナニを教えてくれたのか?

彼女はとても贔屓をする気まぐれで自分の好き嫌いによって生徒を分ける先生として有名でした。
私の兄は私以上に絵が上手く5分で書いた絵でさえ素晴らしい
そんな感覚の持ち主でした。しかし兄は彼女とは最悪に馬が合わなくて美術的な事を一切しなくなりました。(家ではしていましたが...)
そして私自身も馬が合いませんでした。不思議な事に提出物の期限も守り、美術の時間中作業に専念してたいした無駄話もしない。作業が速く終われば誰かを手伝う。そして課題の点数も良い私はなぜか常に通知表の5段階が3だったのですよね。3年間一度を除いて。私より少しコンクールで賞の数が少なくて課題の点数も低いけれども、授業中に声を掛けてもらっている子は5や4を貰っていたのを私は知っています。
ちなみに私は彼女に授業中にここをこうすればなんて声を掛けて貰った事も、提出した時にどうすれば良くなるなんてこと言われたりした事がありません。
もし私が死狼さんのように美術が特に好きでなく、彼女に出会っていたとすればと思うと寒気がします。
私も兄も確実に彼女との3年間はあまり良いものではなかったと思います。特に兄の才能をキチンと見てあげて欲しかった。
そして私自身ちゃんとしたアドヴァイスや美術の勉強をしたかった。
ですが、死狼さんは少し凝り固まった考え方をされていると思うのです。私は数学も科学も苦手です。苦手だし生きていく上では必要がないと思うのです。というよりも学校で習う事なんで何一つないのですよね。本当のところ。生きていく上で重要な事は勝手に覚えるし習って行くものですからね。
でも、死狼さんはお子さんには受験以外に重要でなさそうな事は勉強しなくても良いというお考えみたいですが、それでは人生はつまらないと思いますよ。こんなにも色々な人がいる世の中です。例えば、お子さんが将来社会に出て、とてもお金が稼げる職業に就かれたします。でも美しいものも楽しいものも体の神秘も知らないのではそのお金が一体どこにいくのでしょうか? 芸術鑑賞も運動も訓練ですよ。本をずっと読んで来なかった人が一冊の本を読みこなすのが難しいのと同じです。

芸術の面白さは物事の見解が変わることだと私は思っています。
人生は一度きりです。一度の嫌いでずっと何かを憎んで生きていく事はとても寂しくて損な事だと思います。
私は今、久しぶりに過去の辛い記憶と向き合って心の棘が枯れきっていなかった事に少し戸惑っていますが、彼女と出会えた事も縁だと思い感謝しています。早い時期に美術エリート意識のある大人に出会えた事や彼女の周りでの大人の世界。
戻りますが教育とは一体何なのでしょうね。
私は彼女から学んだ事は少しの美術技術と認めてもらえない悲しい感情。そして彼女という人間。

学校ってそういうところなんですよね。
そんなにないですからね。大人数で誰かに教えを請うたり、たくさんの人間と一度に出会えたりする場所って。
無知は恥ではないですが知識や人間は財産ですよね。
美も知ですね。
学校は財産の入り口なのだから 
たくさんの窓口がある方が良いのだと私は思うのです。

美術の評価については私もまったくわかりません。
賞を頂いていたり、課題の点数がいつも良かったと書きましたが、私自身は自分の描いた絵も創った物もクラスの中の5人か10人には入っても1番にはなれないだろうと常々思っていたのですが、評価はいつも想像を超えて良いのです。
嬉しかったですが不安だし不満でしたよ。



私以外の「犠牲者」達の為に 死狼 - 2006/09/27(Wed) 23:23 No.103  

私は、美術教育に対しての怒りの拳を下ろすつもりはない。

今も付き合いのある学生時代の友人数名、そしてネット等で知り合った友人etcその多くは私と同じ苦しみを味わい、今も「トラウマ」になってる。

あなた方には、「情緒障害児」扱いされた人間の事がわからないでしょうね。



Re: はっきりいって不必要! 山崎正明 - 2006/09/27(Wed) 23:38 No.105   HomePage

しろう様、山崎です。
「「持つ者」達に我々のような「持たざる者」の気持ちなど理解できないであろう。」と言い切ってしまっては、この掲示板にあえて書いた意味がなくなってしまうのでは?しろう様としては。
 しろう様の投稿されたことがきっかっけで、美術教育の実践上の課題や問題点について改めて深く考えてみたくなりました。
とりあえず、私のブログにて次のような記事を書いてみました。
http://yumemasa.exblog.jp/5766491/


教師との不運な出会い 山崎正明 - 2006/09/28(Thu) 00:03 No.108   HomePage

マリヤンカ様ややまだ様が書かれた「教師との不運な出会い」これもまたおおいに参考になる意見でした。後遺症あるいはトラウマ、ここに書かれたことは(美術教育に限りませんが)観念的・抽象的な話ではなく具体的ですからリアルに考えることができます。
それにしても評定、あるいは教師の言葉がけなども子どもにてっては強烈であり、それは大人までひっぱることになりそうです。
よく大人の方で「私は絵の才能がなくて…」という言葉のあとうに、やはり成績の話が出てきます。


Re: はっきりいって不必要! corvo - 2006/09/28(Thu) 02:44 No.110   HomePage

死狼さん
私の質問にはお答えいただけないのでしょうか?

美術教育に対する怒りの拳を、どこへ下ろすおつもりでしょうか?死狼さんの苦しみは、この世から「美術教育」がなくなることで全て解消されるのでしょうか?ゴールはどこにあるのですか?

前の書き込みで「ご家庭の教育方針に関しては、私は否定も肯定もしません。ご自身の責任で信じる道を全うされればよいと思います。」と書きましたが、訂正いたします。やはり子供さんに対して、絵を描く行為を規制することはよくないことだと思います。
「「情緒障害児」扱いされた人間」とおっしゃいますが、死狼さんは自分の子供に同じことをしようとしているのではないでしょうか。もし、恨みがあるなら、直接その教師にぶつけるべきだと思いますし、自分の子供を道具にするのは問題が大きいと思います。
この掲示板でのやりとりを私のブログでも扱ってみました。
http://www.studio-corvo.com/blog/karasu/archives/2006/09/post_234.html
非常に反響が大きく、色々な方がとても真摯な意見を書き込んでくれました。もし、時間がありましたら覗いてみてください。もちろんコメントしていただいてもかまいません。

質問に答えていただけることを願っております。


Re: はっきりいって不必要! hakusuke - 2006/09/29(Fri) 00:31 No.114  

某県の県立高校にて,美術を指導している美術講師です。私は,講師といった立場上,教員選考試験に向けての勉強と,教育といったことに目を向けなくてはいけません。特に,美術といった教科を受験していることから,しろうさんの投げかけたこの言葉は,今後教壇に立つべきものの一人として,この課題は真摯に受けとめる必要があると,強く私は考えております。

 シロウさんにとって,非常に思い出したくない過去もあるのかと思われます。しかし,詳細を記して頂けたならば,シロウさんが指導を受けた内容をもとに,私たちは自分の指導を見つめ直さなくてはいけません。また,教師はこれらの不快感を与えてしまった指導内容を反省し,授業内容・助言内容・評価を含め検討もしなくてはいけません。そうでもなければ,シロウさんのような経験をされた児童・生徒達は増え続けることになるでしょうし,非常に苦しい思いを強いられることとなるでしょう。同時に,このような経験を少しでもなくなることを願い,学校といった場に勤務するの者は,授業を見つめ直さなくてはいけないのです。
 具体的に掲示板に記すのも辛いことと思われます。可能な限りでかまいません。何をもって教科に対する不快感を与えてしまったのか?今後大いに参考にすべき課題なのです。是非コメントを記していただけることに協力願います。


Re: はっきりいって不必要! 田中清代 - 2006/09/30(Sat) 20:53 No.115   HomePage

私は美術教育は必要という立場なのですが、部分的にしろう様のご意見には共感があります。私自身、下手なりに絵を仕事にしています。イラストレーターなのですが、美術畑に片足を突っ込んでいる(時折美術画廊で個展をする)関係で、美術の作家さんとお話をする機会もあります。そのときに、美術家のかたの少々排他的と思える言動に出会うことがあります。(「こういうのは絵とは言えない」等。もちろん悪意がある訳ではなく、アドヴァイスとしてなのですが)私が不思議になるのは、一人一人の信念や感じ方と、絶対的な価値を混同してしまうということが起こるのはどういう経過、経験によるのだろうか、ということです。
一人の美術教師の価値観には、その人が受けた美術教育が大きく影響していると思います。美術の場合はかなり、教師の側に客観性が必要で、生徒にも、教師は一つの立場をとっているのであって、絶対的なものではないと知らせることがある程度必要ではないかしらと思います。


Re: はっきりいって不必要! Kay - 2006/10/01(Sun) 13:30 No.116   HomePage

死狼さんの書かれていることは、学校の根本的性質に関するものであり、生半可なことでは対処も改善も不可能と思われます。

問題は複雑ですが、ここでは1つだけ言わせていただきます。
多くの方が「教師とのめぐり合わせが悪かった」「教師の当たり外れがあった」「不運であった」などと言いますが、このような発言はあまりに異常で信じられませんね。
車を買ったらブレーキが利かず、人をひき殺し、自らも腕や脚の1本、2本失うのを「当たり外れ」「不運」とは言いません。これは「犯罪」です。
もちろん、教師も人間であり、欠点があるのは当然ですが、美術にしろ、数学にしろ、苦手というのではなく、一生に渡る嫌悪感を不当に与えたなら犯罪です。それだけの権限が与えられているのですから、責任を負わされているのは当然でしょう。死狼さんが書かれた通り、これは教え方が下手でそうなったのではなく、教師のエゴやそれを自制できないことに起因し、それは立派な犯罪と言えます。また、そこまでの欠陥人間を教壇に立たせ続けた学校の責任も重大です。
学校とは、かくのごとき犯罪が日常に行われる異常な場所であるということです。
美術教育がどう、個々の教師がどうの問題ではありません。

●corvoさんへ

何か頼みごとをするのは勝手ですが、相手がそれに従わないからといって難癖を付けるのは間違いではないでしょうか?
質問に答えないことがさも悪いように印象付けようという書き方に、見ているのも辛い、人間の悲しい性質が見えますよ。
私も死狼さんに全面的に賛成する者ではありませんが、死狼さんの言いたいことは十分に分かり、死狼さんが現実世界でどんな人であるかとか、ましてやどんな学部を出たかなんて馬鹿げたことを死狼さんが書く必要なんてないじゃないですか?
また、美術教師に具体的にどんな行為をされたかなんて、あれだけ書かれていれば十分と私は思います。


●田中清代さんへ

バランスの取れたお考えに敬服しますが、学校とはそのようなことができる場所ではないと私は考えております。
もちろん、口先では学校側も何とでも言うでしょうが、死狼さんが書かれたようなことはいくらでも見当たり、現在の学校制度が続く限り、なんら解決はされないはずです。
美術という素晴らしいものの価値を無くさないためには、せめて学校での美術教育を無くすことしかないと私は考えます。
あまりに悲観的で、私も気が滅入るくらいですが、それが現実と思います。


掲示板の書き込みについて 山崎正明 - 2006/10/01(Sun) 14:48 No.117   HomePage

この掲示板では反対意見や批判意見を排除するという考えはありませし、様々な意見があってこそと思っています。
ただし、投稿内容で「欠陥人間」「犯罪」「異常」「人間の悲しい性質」などの他者の考え方を批判するのではなく、人格を否定する発言が出てきました。良識ある意見のやりとりの中では不適切と判断します。この掲示板をこのような場にしたくはありません。


山崎先生へ Kay - 2006/10/01(Sun) 19:46 No.118   HomePage

「人間の悲しい性質」が、corvoさん個人に関することであると思われるかもしれないことについては、私の意図するところではありませんが、確かに私の思慮のなさです。大変に申し訳ありません。
corvoさんにも、不快な思いをさせたようであればお詫びいたします。

しかし、その他の部分に関しては撤回の意思は全くありません。
ここの発言者の話に登場した教師は欠陥人間であり、異常であり、行為については犯罪と認識されることが望ましいことと思います。

ただ、やはりここは私の発言場所としては相応しくないのかなあと思います。あくまで学校教育側のものですのでね。今回の、そしてこれまでの山崎先生の発言からも、それは強く感じています。
そういう意味では申し訳ありません。やはり今後は自分のブログで行うこととします。


Key様へ 山崎正明 - 2006/10/03(Tue) 01:34 No.121   HomePage

「学校とは、かくのごとき犯罪が日常に行われる異常な場所である。」と言われて冷静でいることは難しかったというのが正直な気持ちです。しろうという方がこのようなことを書くならまだわかりますが…。言論の自由もありますし、そう思う方もおられるのは仕方がないでしょう。
 私の授業を見てもそうおしゃるのでしょうね。ならば、相手が違う気がします。もっと大きなところを相手にしたほうがよいかと思われます。
 KEY様のブログも時々読んでいます。中学生のときの思い出も読みました。
ご自身のブログで今後この問題を扱われるということ、わかりました。また時々読ませていただきます。
 ただ、このしろう様の書き込みによって他の方の意見がいろいろ聞けたことについてはよかったなあと思っています。


議論を拝見して ken - 2006/10/04(Wed) 00:11 No.122   HomePage

教育に関しては素人ですが、一連の書き込みを拝見した上で、自分なりの意見を書かせていただこうと思います。

議論は、「○○が悪い」という結論に収束すると、そこで終わってしまいます。
「これからこうして行きたいですね」とか、「こうなったら理想的ですね」という建設的な意見を出し合うための議論を行なうならば、最初から「○○が悪い」という議論は無意味だとわたしは思います。

私事で恐縮ですが、わたしはcorvoさんと同じ高校で美術部に属し同じ美術の先生から学びました。しかし、このころはわたしにとっては思い出したくない過去です。

当時、もっと絵がうまくなりたいという思いから、厳しく理不尽な教えに耐えていましたが(恩師には申し訳ないですが)、あるときから急速に美術を嫌いになり、この世から美術なんて消えればいい、技術立国の日本に美術教育はいらないなどと、若気の至りで思い込み、美術とは直接関係ない技術者への道を選びました。

このころ美術で救われたと言われるcorvoさんとは正反対。救われるどころか、立ち上がれないほど深く傷つき、自分はなんで絵なんか好きになったのかさんざん悩みました。同じ先生から学んでも、こんなに差があるのです。だから、単に「教師が悪い」なんて結論に話が収束するのは、わたしは反対です。

その後、メーカーで働くようになりましたが、徐々に顧客対応に追われるようになり、収入の割に精神は荒んできました。そんなとき、なんとなく東京のある美術館に行き、美術作品の持つ凄まじい力を改めて感じ、何か救われたような気がしました。それからというもの、乾いた心を潤すかのように、週末はひたすら出かけて様々な美術館に通いつめました。

次第に日本は技術立国とは呼べない状況になりました。それが日本人の根拠のない己の技術力への過信から来ていたことは、技術者になって身にしみて感じました。そんな工業に疲れたわたしを救ってくれたのは、普遍性のある美術でした。

もし、わたしが美術教育を受けていなかったら、高校時代に美術部に属していなかったら、おそらくこうして救われたことはなかったと思います。

教育は、すぐ効果が出るものばかり重要視されますが、長い年月を経て効果を発揮する場合も多々あると思います。また、感受性の高く、知識の吸収が速いときに教育を受けるから効果があるわけで、長年経って必要性に気付く年齢に達したときには、ある意味手遅れなのだと思うのです。

美術教育は無駄だ、と思うのは人それぞれだと思います。ただ、もしかしたら予想外に伸びるかもしれない可能性の芽を摘むのは、その子の長い人生においてゼロ、またはマイナスになってしまうような気がします。

なお、このような議論は、わたしがイラストを描くことで携わっている理科の「化学教育」でも同じように行われています。必要ないと言われているのは、美術教育だけではなく、産業に結びつく教育も決して例外ではないことを、最後に付け加えさせていただきます。長文失礼いたしました。


Re: はっきりいって不必要! 田中清代 - 2006/10/06(Fri) 17:03 No.123   HomePage

ここへ来て、美術の先生、もしくは教育そのものを否定する気持ちが集まってしまっていることを残念に思います。(かくいう私のコメントもそれに近いものでした。)現行の教育システムを批判する事も必要かと思いますが、教育の現場というのは、一人一人の教師が、体当たりで生徒と時間を共有することではないでしょうか。そのたとえば1時間の授業には、周りからのいろいろな圧力がかかるでしょうけれども、基本的には教師の自由にかかっていると思いますし、それゆえ、今の教育システム云々のために良きものをあきらめてしまうのは早すぎると思います。私の友人にも教師が多く、みな生徒と一緒に成長しているな、苦労しているな、と思います。
私が出会った先生は、美術の知識や技術はちっとも無かったけれど、私の「絵を描くのが好き」というところをすくいあげて、体育が苦手で自信をなくしかけていた私に、自信を持たせてくれました。小学校の2年生の担任の先生です。先生のために当時はやっていた「あさりちゃん」という漫画の絵を描いたんです。漫画の絵ですから、美術の専門の先生なら、ひょっとするとマイナスの批評をしたかもしれないけれど、その先生は、「とてもいい絵だね」と言って、折に触れて「あの絵、大事にしているよ」と伝えてくれました。そんなことでも、美術が好きになれたんだなあ、という良き思い出です。


Re: はっきりいって不必要! おおがき - 2006/10/10(Tue) 21:21 No.125  

大分活発な論議が交わされていますが、横から一言。
もう50年以上も前のことですが、実は私も中学時代、美術教師に潰されかけた経験者です。それは今でも私の中でトラウマとなっていますが、幸いにも死狼氏のリアクションとは反対方向へ向かいました。決して子供たちにはこのような絵画指導をしてはならないと。
私は十数年、幼稚園で絵画指導をしてきましたが、その指導の出発点をここに置いてきました。よく研究会では絵を描かない子対策が話題になることがありましたが、私が担当している間、ただ一人のADHDの子を除いて、絵を描かない子、嫌いな子には出逢いませんでした。先のスレッドで申し上げたように、幼児は生得的に内発的に描画活動を行うのだと確信できたのもそれ故です。
どうして幼児期にこれほど好きな描画活動が、成長するにつれ弱まってきたり、死狼氏のように極端に忌み嫌う人が出てしまうのか。それはもっと多様な世界が広がり始めるから、という理由だけでは納得できないものがあります。
ですから文化的な側面だけでなく、「なぜヒトは絵を描くのか」という命題を生物学的、進化学的に総力を上げて解明しなければならないのではないかと、考え続けています。
これからは決して死狼氏や私のようなケースを作ってはならないという自戒を含めて。


Re: はっきりいって不必要! - 2007/01/22(Mon) 14:58 No.169  

まーもうこの意見交換も不毛ですね。
面白いやり取り、拝見させていただきました。


地球温暖化 投稿者:てら 投稿日:2006/10/31(Tue) 20:55 No.136   HomePage
 はじめまして。エッセイを書いている「てら」と申します。

 いま私は、地球温暖化についてのエッセイを連載していますが、その深刻さに驚いています。 一人でも多くの方に、そのことを知って頂きたいと思い、声をかけさせて頂きました。
 また、生命の尊重や、生きる意味について考えるエッセイもあります。宜しければ、ぜひ覗いてみて下さい。

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